|
カテゴリ
以前の記事
2012年 05月
2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 ファン
|
2012年 05月 25日
皆さん、5月21日の朝、金環食を見ましたか。
何日も前から、新聞やテレビで報道していましたね。 日本各地の金環食が観測できる地域でいろいろな 「金環食を見る会」があったようです。私も朝6時ごろからその時間を待ちました。東京では6時19分に太陽の右上部分から欠けはじめ、金環食は7時30分を過ぎて最大になりました。 その間、雲がかかりませんようにと祈りながら、宇宙のことをあれこれ考え、2階のベランダの椅子に座って空を見上げていました。それから食の終わりの9時ごろまでは、何度も2階のベランダに出たり入ったりです。もちろん目は保護しましたよ。宇宙飛行士の山崎直子さんから頂いた遮光度の強い太陽観察グラスで見ました。 私が天体で好きなのは星です。昔、羊飼いが星座を描いたように、星を見ているといろいろな形が浮かび上がってくるし、見つめていると、ダイヤモンド、ルビー、エメラルド、サファイヤなど全部空にかけた自分の宝石のように思えるからです。次に月です。それは、何か物悲しくなるのですが、会いたい人を思い出すことができるからです。太陽からは悲しい感情はわきませんね。 小学校時代の記憶では、皆既日食では太陽が完全に月の影に隠れて、周囲が暗くなりましたが、太陽がリング状に輝く今回の金環食では、それほど暗くなりません。一部だけでも太陽が出ていれば世界を十分に明るくしてくれるのですね。やっぱり太陽はすごいな。 ベランダに置いてある観葉植物のちいさな隙間に差し込む光も欠けた太陽の形に映っていました。 日本列島で今回のように金環食帯が広い地域でみられたのは、 前回が平安時代だそうで、同じ場所で皆既日食や金環食が観測できるのは、約400年に1度だそうです。偶然の産物のような、いいえ、太陽、月、地球が一直線に並ぶときがあること、月も地球も軌道が楕円であること、月の軌道が傾いていることなどからちゃんと計算した結果ですね。 6月6日には、今度は太陽と金星と地球が一直線に並び、太陽の前を金星が横切る様子が観察できます。朝7時から午後1時頃までかけて移動するそうです。今世紀最後のチャンスを逃すと、この珍しい現象を次に日本で観察できるのは2117年12月だそうです。 世界中の人の中で、私が出会った人を、家族も友人も同僚も学生も、偶然なのか必然なのかわかりませんが、いずれにしても大事にしなければという気持ちになりました。 テレビで放映された金環食の各地のニュースでは、たくさんの人が一斉に皆同じ方向を向いていました(当然ですが)。 遠くに住む人とでも、同じ太陽を見て感動を分かち合えたのですね。そう、スカイツリーを見上げた人もいたでしょうから、今週は、たくさんの人が顔をあげて上を見たのだと、なんだか愉快になりました。 (野口京子) 2012年 05月 20日
2012年5月9日から11日までの3日間、現代文化学部の1年生はフレッシュマンキャンプへ行きました。このキャンプはキャリア形成教育の導入編として位置づけられており、学生たちはディスカッションを通して自分の将来について考え、そこから大学で何を学ぶべきかについて考えます。とはいえ、入学してまだ1ヶ月しか経過していない者同士で将来について意見を交換するのは難しいかもしれません。そこで初日に、体を使ったレクリエーションをいくつか行いました。
最初はじゃんけんで勝った順に並ぶなど、簡単なゲームをしました。慣れてきたころには、決まった人数のグループをできるだけ速く作るゲームをしました。だんだんと白熱してきて、笑い声や拍手が大きくなっていきます。そして、最後にヒューマン・チェアーをしました。これは輪になって後ろの人の膝に前の人が座るというシンプルなゲームです。成功すると両手を上げても輪は崩れません。ただし、全員がタイミングを合わせて一度に座らないと成功しないのです。協力が成功の鍵といえるでしょう。前の人の肩に手を乗せ、そーっとそーっと腰を下ろします。はじめは前後の距離が離れてしまったりして、なかなか成功しませんでした。しかし何度か挑戦するうちに…できました!(写真1参照) 内輪は男子学生、外輪は女子学生のヒューマン・チェアーの完成です。大きな歓声が上がりました。他学科の学生とも一緒に笑い、手をたたきました。 ![]() 翌日からディスカッションが始まりました(写真2参照)。学生時代に経験しておきたいことや身につけたい力について、意見を交換しあいます。同じ学科に所属していても目指す先や考え方が違いますから、お互い良い刺激になったようです。不明瞭だった将来が、少しはっきりしてきた学生もいたようでした。 ![]() 最終日には、個人に立ち戻り、自分の将来について発表をしました。学生たちは与えられた3分間を使いこなすのに苦心している様子でした。3分は、聞き手に伝わるよう丁寧に話すには短く、核心だけを伝えるには長い時間です。発表時には時間を超過したり、余ってしまったり。それでもきちんと自分の将来についてまとめて発表することができました。 あっという間の3日間。1年生は何を学んだでしょうか? ひとつでも、何かを手に入れられたことを望みます。 (松原 詩緒) 2012年 05月 15日
先月行われた競泳の日本選手権で、アテネ、北京オリンピックの100m・200m平泳ぎの覇者である北島康介選手が、両種目ともに優勝し、日本競泳史上初の4大会連続のオリンピック出場を決めました。
そうなんです。今年はオリンピックイヤー。7月27日から8月12日まで、イギリスはロンドンの地で、第30回目の夏季オリンピック大会が開催されます。北島選手のように、もうすでにオリンピック出場を決めた選手や団体もありますが、まだまだ各競技でオリンピックへの出場をかけた熱い戦いが繰り広げられています。出場をかけた試合において、積み上げてきた練習の成果をふだん通りに(またはそれ以上に)発揮できる選手もいれば、持てる力を十分に発揮できずに敗れ去っていく選手もいます。5月13日に行われたオリンピック代表最終選考会の柔道・全日本選抜体重別選手権・女子48キロ級においても、優勝候補で世界選手権2連覇中の浅見八瑠奈選手が1回戦で無名の高校生に敗れ、オリンピック出場を逃しました。「スポーツは筋書きのないドラマである」とよく言われますが、時には残酷なドラマにもなりますね。 さて、スポーツでは「心・技・体」が重要であるとよく言われますが、技も体も最高の状態にあるトップアスリートが、大舞台で持てる力を十二分に発揮できるためには、「心」の状態が重要になってきます。昔は「根性」とか「精神力」などの抽象的な言葉で表現されることが多かった「心」の部分ですが、最近ではスポーツ選手が競技に必要な心理的な能力を「心理的スキル」と表現し、技術や体力のように適切なトレーニングによって伸ばすことができると考えられています。例えば、集中力の足りない選手には集中力を高めるようなトレーニングを、緊張しがちな選手には自分の緊張状態をコントロールできるようになるトレーニングをそれぞれ行っていくといった具合です。トップアスリートの競技活動を支援している国立スポーツ科学センター(通称JISS)においても、数名のスポーツ心理学者が在籍しており、オリンピック選手などのトップアスリートが、大舞台で実力を遺憾なく発揮できるようにメンタルトレーニングやカウンセリングなどの心理サポートを行っています。私の大学院の後輩もJISSにいますので、ロンドンオリンピックに向けた心理サポートの話などを、今度授業で話をしてもらえれば良いなと思っています。 オリンピック開幕まで、あと約70日。「なでしこジャパン(女子サッカー)」をはじめ、男子サッカーや競泳、陸上、柔道などなど、多くの種目で日本人選手の活躍が期待されます。今から楽しみですね。 (安永明智) スポーツ心理学に関連するブログ記事「スポーツ心理学(2009年8月10日)」「スポーツ心理学とは?(2010年4月3日)」 2012年 05月 10日
こんにちは。ゴールデンウイークはいかが過ごされましたか?ここ数日、竜巻や豪雨、高速ツアーバス事故など、大惨事の報道が続いていますね。被災された方々のことを思いますと本当に心が痛みます。今回は労働を巡る大規模災害について考えてみたいと思います。
ぼんやりと朝の仕度をしながらテレビのスイッチを入れたところで、早朝発生した高速ツアーバスの大事故を知りました。報道される内容は、悲惨な映像が流れる中、事故そのものの解説から責任論、運転者の業務と健康の様子、それを管理する会社側の管理のあり方、一般的な高速バス利用者の意識など、視聴者へ投げ掛けられた意味はあまりに大きなものでした。 運転業務に限らず、一般に、労働に関連する大規模災害については、これまでに各分野の専門家が様々な観点から注意深く研究がなされ、多くの見解が出されています。中でも、航空機、鉄道など、多くの生命を預かる業務や、コンビナートのような大規模事業所では、「ついうっかり」程度の小さなミスが大惨事に繋がる可能性が高いとされ、如何にしてこの「人為的ミス」=「ヒューマンエラー」を食い止めるかが大きな課題だとされています。 勿論、どんなに緻密な準備を行ったとしても、ヒトは機械ではありませんから、「完全」「完璧」ということはありえず、作業には必ず「ミス」や「エラー」が付きまといます。然し、全ての関わる人々がそれぞれの立場で、この微細なエラーを限りなくゼロに近づける工夫や努力を持続的に行うことで、大難を小難に、小難を無難にできると考えられています。そこで我々にはその工夫が求められるわけですが、人間の生体リズムなどの生理学的観点からの提案、意識やモチベーションなどの心理学的観点からの提案、同時に環境的要素や法律的要素からの提案など、様々な提案を実社会での有用性を踏まえた上で行い、最終的に実現可能性の高い妥当な結論を提示していきます。 70年代に行われたヒトのサーカディアンリズムとヒューマンエラーの研究例では、日の出直前の時間帯で作業ミスが多発することが報告され、生理学的特徴と事故やエラーの発生の関連について論じられています。また、他の研究例では、「ヒヤッ」としたり「ハッ」とした(「ヒヤリハット」といいます)際に、その時点で的確な手当てをすれば事故は未然に防げるが、それを見逃せばいずれ大きな事故を誘発すると報告されています。さらに、作業を行う姿勢や方法など作業自体の管理も有効であることも知られています。 さて、我々を含む働く者には、法令により「作業管理」「作業環境管理」「健康管理」という3つの基本的な管理が日常的になされていますが、これまでの多くの研究事例から得た科学的知見の浸透までには至っていないように思われます。私自身は企業の社会的責任も含めた「付加価値のある対応」が求められる時代ですから、これらの知見の更なる浸透をねらった社会への還元も、地道に私たちが行っていくべき課題の一つであると考えています。 (佐藤浩信) 2012年 05月 05日
前にも取り上げたNHKの「東京カワイイ☆TV」では、世界へ「カワイイ」文化を発信するスターを発掘するために、東京ガールズコレクションのランウェイデビューをかけて行われた審査の様子が3月に放送されていました。海外からも応募があり、インターネット投票で2人にしぼられましたが、最終審査は東京ガールズコレクション当日。それぞれが選んだコーディネートをモデルが着て歩き、観客がどちらがカワイイと思ったかをその場から携帯電話等で投票するシステムです。そこで、投票が終わるまではどちらが選ばれるかわからないため、あらかじめ2人に同じようにウォーキングの練習を始めさせました。
そのときです。それまで映像としてははっきり映っていなかったと思うのですが、1人の左腕が伸びきらないことがわかりました。そしてそのことで、左右のバランスを取るために歩き方が左右対称にならないのです。本人としては歩きやすいから自然にそうなったといういきさつもあるのでしょうが、モデルのウォーキングとしては大きなマイナスです。また、視線の動きから、必要以上に他人の目を気にしているのではないかということもわかりました。 ここで、2つの課題が明らかになりました。一つ目が、モデルとして技術的にどのように歩くかということ。二つ目が、モデルとして歩く自分を本人が受け入れられるかということです。ウォーキングの練習が映されるまでは左手のことを特に隠しているような感じは受けなかったのですが、どのように歩くかではなく、自身のありのままの姿を見せることができるかどうか(自己開示)、そしてそのためにはまず彼女が自分自身を受け入れられるかどうか(自己受容)ということが、鍵になりました。 上手に歩けない彼女に対し、ウォーキングの指導をしたプロの振り付け師は、彼女と2人で話をしました。そして「人を見て生きていかないで、自分を真っ直ぐ見て生きていきなさい」と語ったということですが、これはまさにカウンセラーの言葉です。心理学に関しては詳しくないかもしれませんが、振り付け師として多くの人の体の動きとその背景にある心の動きを見てきたからこそ、言える言葉ではないでしょうか。そこから、彼女は変わったようです。 自分を受け入れる(自己受容)ことによって、安心して自分を他の人に見せる(自己開示)ことができるようになります。彼女は、モデルウォーキングの経験を通して自分と向き合い、新しい自分に出会ったのです。(ちなみに、4/30付けのブログにグループ・エンカウンターのことが紹介されていましたが、エンカウンターとは出会う、向き合うという意味です。) 手の不自由さがあるから、見ないでほしいというところがはっきりします。逆に障害がないと、見ないでほしいというところがあったとしても自分でごまかしてしまい、結果的に自分と向き合うことが少なくなってしまうのかもしれません。ランウェイで、自然に左手を前後に振って歩く彼女を見て、一方でそのようなことも思いました。 ![]() (杉田秀二郎)
|